手記 ― 病院の面会規則を体験して

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※以下は個人的な体験とそれに対する主観的な感想です。客観的・多角的に事象をとらえようとするジャーナリズムや評論の記事ではありません。

2024年7月4日

手記 ― 病院の面会規則を体験して

今年2月3日に父が亡くなりました。進行性核上性麻痺による嚥下障害で食事が喉を通らなくなり、衰弱死でした。元気な頃に、胃ろうを含む延命措置はお断りという一筆を本人が書いていたため、最後は点滴のみで、枯れるように亡くなりました。84歳でした。

私がこの手記で問題を提起したいのは、多くの病院に共通すると思われる面会の規則についてです。私がなぜこのことを訴えたいと思うようになったかを伝えるために、父の死に至るまでの経緯を辿ってみたいと思います。病院で起こったことが書かれていますが、個別の病院を批判する意図はまったくありません。おそらく日本全国の病院でごく普通に実践されていると思われることについて、疑問を投げかけたいのです。

▽最初の3か月半の入院

父は数年前から認知症の兆候が見られるようになっていました。また、外に出かけて転ぶことが増えていたため、主治医に紹介された大学病院で脳のスキャンなどを含む検査を受けるようになりました。最初に検査を受けたのは2022年のことでしたが、2023年1月に進行性核上性麻痺という診断を受けました。私も家族も初めて聞く病名でした。私は過去27年にわたり米国在住ということもあり、父の診断には関与していなかったので、病院で説明を受けたのは母でした。私は病名を聞いてから、ネットで調べてこの病気について学びました。素人の私が理解した範囲で平たく説明するならば、パーキンソン病とアルツハイマー型認知症のハイブリッドのような病気で、脳内の神経細胞が徐々に破壊されて、体をコントロールできなくなり、6、7年以内に寝たきりになるということでした。難病に指定されていました。

いずれは寝たきりになるという病気の診断を頭の片隅に置きながら、かといって米国での日常生活が変化することはなく、母や姉から時おり父の様子を聞く程度で過ごしていました。物事が大きく変化したのは、2023年8月末のことでした。父が通っていたデイケアで、椅子から落ちて脊椎を圧迫骨折し、救急車で搬送されて入院しました。手術をして、骨折箇所にセメントのような材料を入れて修復し、それからリハビリが始まりました。突如として歩けなくなってしまった父が、何とか歩行機能を取り戻せるように、最大3か月ほど入院して、一日1、2回のリハビリを続けることになりました。

入院先は東京都中野区にある病院でした。面会は予約制で、週1回のみ、1回につき15分という規則でした。父の病室を訪ねることはできず、予約した時間に行くと、病院のスタッフが父を車椅子に乗せて面会室に連れて来て、そこで15分間だけ話ができるという方式でした。母いわく、15分が経過すると、スタッフが「時間です」と言って、こちらの話の途中でも父の車椅子を押して連れ去ってしまうようなこともありました。私はその面会時間に母から電話をかけてもらい、何度か父と話すことができました。入院後すっかり認知力が衰えてしまったからと母から警告を受けていましたが、最初に電話で話した時は、父も珍しく私が登場して刺激を受けたのか、元気に話し始めました。話の内容は辻褄の合わない、訳の分からない部分も多いものの、どうやら病院の環境について少し不満じみたことを言っているのは分かりました。私が聞いているのが嬉しいらしく、一方的に話し続けました。そしてあっという間に15分が過ぎ、スタッフからそろそろと促されて、父は病室に戻らなければなりませんでした。

10月に仕事の折り合いをつけて、ようやく日本に帰省することができました。1週間強の滞在中にできるだけ父を励ましたいという気持ちでした。月曜日に日本に着き、翌週火曜日までの滞在にすることで、病院の規則どおりでも1週目と2週目で2回は面会できるように計画を立てました。わざわざ海外から娘が帰国してお見舞いに来るのに合計30分しか会えないなんてと感じた母が、事前に病院に交渉すると言って、余分の面会を認めてくれるようリクエストしましたが、例外は認められないと却下されました。とはいえ、私が面会に行った時は、あまり厳しくないスタッフの方で、15分を大幅に上回って父と時間を過ごすことができました。

▽二度目の1か月弱の入院

父は結局、2023年12月15日まで病院でリハビリを続けましたが、歩行機能は戻らず、退院と同時に介護付き有料老人ホームに入居しました。いつでも面会に行けて、父の好きそうな食べ物を持って行くこともできる老人ホームで、これからできるだけ快適に過ごしてもらおうと大いに期待していましたが、家族の期待とは裏腹に、3か月半の入院中に病状がすっかり進行してしまった父は、食べ物を飲み下す機能が極度に衰えていました。そして2024年1月9日、まったく食事をしなくなって発熱した父は、病院に搬送されて、再び入院することになりました。

二度目の入院先は、練馬区の病院でした。折しもインフルエンザが流行しているという理由で、こちらは面会をいっさい受け付けていませんでした。老人ホームから連絡を受けて母が病院に駆け付けた日に、廊下の一角のようなところで父と会って以来、まったく会えなくなってしまったことに不安が募りました。その間にも私たち家族は、父の死が近いことを徐々に覚悟するようになりました。1月18日に病状説明のための医師との面会予約が取れたため、私は急きょ帰国を決めました。母も姉も私も、父を退院させて老人ホームに戻し、あとは毎日父のそばにいようという気持ちを持っていました。医師との面会に行くと、意外にも「死期が近いという感じはしない」との説明で、私たち三人は、少し拍子抜けしつつも、それならば無理に退院させて死期を早めることもないかと思い、入院を続けるという決心をしました。病院側も、いろいろな食べさせ方を試みて、飲み下せるようになるかどうかを見るとのことでした。この面会では、私が米国からこのためだけに帰省したことを伝え、父に会ってから帰りたいと言ったものの、やはり例外は認められないとのことで、無念にも父には会えないまま米国に帰りました。その後も、いつ面会できるのかと母が何度も問い合わせましたが、決まっていない、今のところ目処が立たないという答えばかりでした。

家族が病院から面会を許可されたのは、ようやく2月1日のことでした。父の容態が悪化してもう長くないと判断した病院の「特例」でした。病院から連絡を受けて母と姉が慌てて駆け付けると、父は目は開いていましたが、視線はうつろで、言葉もなく、母や姉の声は聞こえていたような気がするという程度の意思疎通でした。翌2月2日には母、姉、姪の三人が面会に行きましたが、もう父の意識はなく、眠っているばかりでした。母と姉が二人で面会に行った時点で連絡を受けていた私は、再び緊急帰国で2月3日の午後に日本に着きました。面会がかなうなら空港から病院へ直行するつもりでいましたが、病院からは2日連続で特例を認めたので2月3日の面会は認められないと説明されていました。ところが、私が東京の実家に到着してから約2時間後、病院から電話がありました。「あと5分か10分ぐらいしかもたない」という説明でした。慌ててタクシーを捕まえて病院に急行しましたが、私たちが病室に着く10分ほど前に、父は息を引き取っていました。

▽残った疑問

私たちが体験した病院の面会の規則は、日本では決して珍しくないようです。「病院 面会 週1」で検索してみると、他の病院でも同じような規則が見つかります。「これが普通」と思うべきなのかもしれません。けれども私には、どうしても消せない疑問が残っています。

患者と家族にこれほどの距離を置かせる規則、おかしくはないでしょうか。

最初に母から説明を受けた時点で、私は「それって刑務所みたいね」と言いました。皆さんも、映画やテレビで見たことがあるかもしれません。受刑者の家族や弁護士が面会に行くと、15分だけ別の部屋に連れて来られて会うことができる、そんな印象です。米国人の夫も、私たちの友人・知人も皆、異口同音に「信じられない」「ひどい待遇」という感想でした。

病院のスタッフから聞いたところによると、コロナ禍の間にこの面会制限が導入されて以来、ずっとこの方式だそうです。とはいえ、新型コロナウイルスが5類になった今も、元に戻す意向はなさそうで、このまま永続的に定着していくのではないかと思えます。

週に15分間しか家族に会わせず、患者の寝起きする病室を家族に見させないというのは、人権を侵害することなのではないかと思えてなりません。父は、認知症のせいで自分の歩行機能が失われたことを理解できていなかったのか、ベッドから起きて歩こうとすることがあり、入院中、転落を防ぐためにベルトでベッドに縛られて拘束されていました。でも、そのことを言葉できちんと家族に説明することはなく、家族もベッドの様子はスタッフに頼んで撮影してもらった数枚の写真で見えただけでした。父は入院中に体重が激減しましたが、嚥下機能があれほど低下していることも、私たち家族には、老人ホームに移ってから初めて「見える」ようになったことでした。要は、面会ができないせいで、家族には父の状況がまったく伝わっていなかったのです。

面会を制限できて、多くの人が出入りしないほうが、病院にとって管理がしやすいことは明らかです。けれどもそのせいで、入院している家族の様子すら分からないという状況が作られています。家族の苦悩もさることながら、患者本人はどうなのでしょうか。どれだけ孤独感を感じることでしょうか。父は寂しいなどと口に出して言う人ではなかったですが、寂しかったに違いありません。認知症のせいで、あれこれ具体的に状況を報告することはできなくなっていましたが、話せたなら、もっと家族に知ってほしいことがあったに違いありません。それに、父の認知症が入院中にあれほど進んでしまったのは、家族と話す時間がほとんどなかったせいだと思えてなりません。このような面会制限の規則を恒常化させる日本の病院は、なんと冷たいシステムなのだろうと思えてなりません。

この規則、何とか変えられないのでしょうか。感染予防が目的ならば、その目的を達成できる方法が他にあるはずです。医療の専門家である病院たるもの、患者と家族にこれほど辛い気持ちを味わわせ、おそらく患者の精神的な健康にとっても悪影響を及ぼす「面会制限」に安直に依存せず、創意工夫で効果的な方法を考案すべきではないでしょうか。感染予防を最大限に達成する代替の方法をきちんと検討して、それに伴う金銭的・非金銭的なコストと照らし合わせたうえで、面会制限が現状ベストの方法だと判断されるのであれば、納得せざるを得ないかもしれませんが、そのような検討が行われたのでしょうか。介護付き有料老人ホームで実現しているもっと自由な面会が、病院では本当に不可能なのでしょうか。コロナのように公衆衛生の緊急事態が起こっている間ならともかく、患者と家族の心痛を正当化するほどのメリットが、今の面会制限の規則にあるとは思えません。

あらためて強調すると、個別の病院を批判することは私の意図ではありません。面会の規則はひとつの具体例ですが、病院にとっての患者と家族の位置付け、患者を「個」としてとらえて対応をパーソナライズしようとしない硬直したシステム、さらには医療を取り巻く文化や規範が、患者と家族のためではないように思えるのです。入院することがまるで刑務所に入れられる体験にならないようにするために、患者と家族の権利を守る法令があるべきではないかと、私は考えています。患者と家族以上に、健康回復を真剣に望み、あらゆる体調の変化につぶさに注意を払う存在はありません。病院はその力を利用すべきであって、シャットアウトすべきではないはずです。法令の整備も活用しながら、医療の文化を変えていく必要があると、私は考えています。これらのことを実現するために、一市民として何ができるのでしょうか。私にはその辺りの方向感覚がないので、どなたか、ご示唆いただけないでしょうか。文末にメールアドレスを記載しましたので、ぜひご教示ください。

▽沈黙から行動へ

父を病院で「孤独死」させてしまったこと、ずっと忘れたくて、父が亡くなってから、この気持ちに蓋をしてきました。あまり考えないようにしてきました。が、6月末のある日、ある新聞記事を読んで、ふと気が変わりました。私の住むカリフォルニア州サンディエゴにある風光明媚なハイキング道がコロナの間に州の条例で閉鎖されました。州の条例はとっくに解除されていますが、このハイキング道は近くの州立大学が管理する土地にあり、その大学が以来ずっと一般市民への開放を先送りしているのです。これを受けて、そんなのおかしいじゃないかと思った人たちが、公的なルートで異議を申し立て始めていました。この記事を読みながら、コロナ禍で自分にとって都合の良い状況が確立して、それをそのままにしておきたい組織ってあるよね、日本の病院がしていることは、この大学のしていることと同じだよね、と思ったのです。食卓で新聞を読みながら「私も日本に住んでいたら、病院のやり方に対して異議申し立てか何かしているだろうなぁ」と口に出して言ったところ、キッチンでそれを聞いた夫が「日本にいなくたってやればいいじゃないか」と言いました。こうして蒔かれた種が芽を出し、むくむくと成長して、この手記を一気に書き上げることになりました。

父は亡くなりましたが、今、病院にご家族が入院していて、面会制限で満足に会えずにいるという方のために、とにかく私が声を上げてみよう。この声に賛同する方が出て、声が大きくなり、何かが変わるなら、天国の父も喜んでくれるに違いない。その願いから、ここに一石を投じます。

私の当初の狙いは、この声を大きくすることです。この体験談を読んで、共感する・同情すると感じてくださったなら、お友達やお知り合いにこのウェブサイトのリンクを共有していただけたら、とても嬉しいです。私はソーシャルメディアの使い方に疎いですし、友達がたくさんいるわけでもないのですが、皆さんの伝手でこの話が広まるなら、どのような方法でもシェアしてください。そしてもちろん、私へのアドバイスがあれば、お気軽にメールでお送りください。この一石の描く波紋が、どこにどう到達するか、やってみないと分からないものです。

このウェブページのURL:https://chigusasuzuki.com/ja/voice/

面会規則に関する具体的な提案はこちらをご覧ください

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鈴木智草(すずき・ちぐさ)
info@chigusasuzuki.com

このページの最終更新日:2024年8月27日

この手記に対して、多くのフィードバックをいただきました。病院によって面会規則がかなり異なることが分かってきました。いただいたご意見・ご感想を紹介しながら、いくつかの重要なトピックに触れてみます。詳しく読む

病院関係者の方、ぜひお読みください。具体的な提案を書き記しました。患者や家族の個別の事情に対応できる柔軟性があり、なおかつ公平な方法で、病院のスタッフにとっても患者と家族にとっても、より良い面会の体験が創れるはずだと確信しています。詳しく読む